儀式

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「なぁ、広子、多かれ少なかれ、人の肉には化け物が混じり込んでいる。 それは一度混じり合ったものとものが二度と分け隔て出来ない様に、化け物は人の肉に混じり込んでその肉を檻と化してしまう。 人はみな囚人だ。 肉の檻に捕らわれて藻掻き苦しむ囚れ人だ。 与えられた属性に従い、与えられた苦しみを唯消化する為だけに生きる木偶(マリオネット)だ。   だけどなぁ……     なぁ広子……   あの時、僕は言った筈だ。 一度戻したら最後、湖から、二度と再び同じ水を汲み出す事は出来ないんだと。 僕らは確かに木偶(でく)だ。 空間と云う舞台で、時間と云う糸に操られるしかない憐れなマリネオットだ。 だから人は泣きながら産まれてくる。 人が泣きながら生まれてくるのは、 そんな苦しみばかりのこの世界に生まれ出る事が、怖くて、不安で仕様がないからだ。 でもな広子、 人はやがて泣かない事を覚えて行くんだ。 僕は広子に刺されてもいいと思ってた。 広子が僕を刺すと云う事は、広子の死への決意が揺るぎないと云う事だ。 広子が死ぬなら、僕は付き合う積もりだった。 だけど広子は僕を刺さなかった。 広子、お前は生きる積もりじゃなかったのか、 泣かない事を覚えたんじゃなかったのか。
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