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地下に降りてその廊下を進んで行くと、両側には今のようなアルミサッシではなく古い木枠の窓と扉がぽつりぽつりと並んでいる。
地下のすえた匂いに消毒液の匂いが混じり、そこは一種独特の空間を造り出していた。
僕は亜麻色の、よく磨き上げられたリノリウムの廊下を歩いて行く。
すると丁度廊下の中ほどに、病院でよく見かける背凭れのない長椅子と足のある灰皿が置かれていて、そこに一人、小さな人影が俯いたまま身じろぎもせず座っているのが見える。
僕は僅かな緊張感と共にそこに向かって歩いて行った。
それは多分、自分と同じ年位の少女の様に僕には見えた。
髪は決して長くは無い。
肩の辺りまで真っすぐで素直な黒い髪が伸びている。
青磁色のワンピースの襟と裾は白いレースのフリルが飾っていて、その裾から覗いている白い丸みのある脹脛と足の甲は彼女の幼さを端的に伝えていた。
僕は彼女の正面に立つ、それは不思議な光景だった。
彼女の肌は蛍の様な淡い緑の光を発していて、その緑色の光が滲む彼女の顔面には、全く似って凹凸を感じられないのだ。
否、それは顔である。
目は切れ長の一重瞼で鼻筋は華奢に通り、唇は薄く横に長く、そしてうっすらとした微笑さえ湛えている。
確かに、それは顔なのである。
しかし、その顔には、それが確かにこの空間に存在しているという質感とも言うべき何かが欠落してしまっている。
硝子越しに、否テレビ画面やモニターの画面越しに物を見ている様な、そんな現実味の欠けた質感が其処にあった。
彼女の目は僕に向けられたていながら、些細(ちっと)も僕が見えていない様にその眼球の焦点が合っていない。
彼女は、殆どその薄い唇を動かすことなく、その言葉の裏に祟りが張り付いた様な声で僕に言った。
「死んで仕舞えばいいのに」
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