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僕の最初の記憶の中に登場する父の姿は、まだ伸びきらない半端な坊主頭に制帽を被り、肩幅の広い父には少しばかり窮屈な小さめの紺のブレザーを着ている。
そして手に鳥の羽根で出来た埃取りを持ち、その埃取りで、黒塗りのタクシーのボンネットや屋根を綺麗にしている、そんな姿だった。
そう云えばあのタクシー会社の面接には僕と父と母の三人で行った事をなんとなく覚えている。
合成皮革の照か照かと光るちゃちな茶色い三点セットのソファーには白いレースのカバーが掛けてあり、そのカバーが煙草のヤニで煤けた黄色に変色していた。
どことなく卑屈な笑顔の母が、
「そうですね…」
「はあ」
「そうですか」
などとペコペコ頭を下げている横であの父が、
「はい」
「がんばります」
「ありがとうございます」
と言葉少なではあるけれど、父にとってはあれが満面の愛想笑いだったのだろう、それは随分と畏まって面接官のおじさんの問い掛けに返事を返していた。
面接官のおじさんは眉毛が異常に太く、頭髪も墨で描いたかのように黒々としていて、彼のテカテカに磨き上げられたらエナメルの靴はやけに印象的だった。
おじさんは終始笑顔で、そして額に汗を光らせて、一生懸命に父と母に色々な事を説明していた。
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