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「死んでる、……って」
「そのままの意味ー。あ、そろそろ誰か来るかもしれないから、早く逃げようよ。話はあとで」
少年はリラを押し退け、窓の縁に残ったガラスの破片を素手でぱきぱきと折り、ふ、と息を吹き掛けて窓縁に足を乗せた。リラはそれを茫然と眺めていたが、ふと我に返って首を振った。
「逃げる、ってわたし、そんな悪いこと出来ない……っ」
「でも、このままだときみ殺されるかもしれないんだよ。生きるためにやるなら何でも、悪いことにはならないさ」
少年は上の縁に手をかけ、下の様子を窺う。外に門番しかいないことを確認してから再びリラに視線を投げ、にんまり顔で肩を竦めた。月明かりで銀色に見える髪がふわりと風に揺れ、濃灰色の瞳を隠す。
「暗いし、今なら大丈夫。早くおいで」
「でも、でも逃げられっこない」
ここから逃げたら、この城の人間は、町の人間はみんな「悪い魔女」を探し回るはずだ。知らない世界で隠れて生活するなんてできるわけない、と、リラの心に影がかかる。
「平気だよ」
少年の白い手のひらが、考えあぐねるリラに向けて差し述べられた。
「ぼくが絶対、守ってあげる」
「――――、」
リラは右も左も真っ暗な空間に一筋の光が射し込んだような感覚を覚えて、ほとんど無意識のまま、その手のひらに右手を伸ばす。
「……あなたの、名前は?」
リラが小さな声で訊く。少年はリラの手をしっかりと握りしめ、年相応の無邪気な笑顔で答えた。
「トート。ぼくは『トート』だ」
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