序章、

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 誰かいませんか、  そう声をあげたとき、奇妙な感覚を覚えた。全く咽に負担がかかっていない、まるで息をするくらい自然に声が、  ……声が?  呼吸している感覚が全く無い。寧ろぼくは声をあげた、のだろうか。喉元に手を触れてみても、なにかを「触った」という信号が脳にまで伝わらない。  感覚という感覚全てが身体から引き剥がされ、空気になってたゆたっているような、異質な感覚がぼくを支配していた。  ふと、ひとつの疑問が泡のように浮かんできた。脳の中にゆらゆらと浮かび上がったその泡はすぐに鉄球さながらに重くなって心を支配する。  此処にいるぼくは誰だ?  何も無い。  何も無い。  此処には誰もいない。  周りに人の気配も無く、それどころかなんの気配も感じない。真っ黒な世界に、得体の知れない「ぼく」だけが、ゲームのように気が利いたヒントを与えられることすらなく立ち尽くしている。  ――ぼくはどうして、  そこまで考えたとき、頭の中で泡が弾けた。貧弱な身体の中に押し込まれて呼吸していた「ぼく」があの日最後に見た風景。  それが決して思い出してはいけない記憶だと気付いた時には、それはもう既に鮮明な色を伴って頭の中を駆け巡っていた。  
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