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「ざくろちゃん、これ……」
ざくろの目の前に紙幣を掲げる林檎の手は震えていた。林檎自身、初めて見る代物である事と、ざくろがそれを持っていた事によるショックのせいだ。
「これ……百円札だよ」
百円札。今からおよそ五十年前まで使用されていた日本の紙幣だ。一応現在でも有効だが、自動販売機にそれを認識する機能があるかどうかは別だ。むしろ五十年前の紙幣。認識できないと考えるのが妥当といえる。
しかしざくろは目を丸くして紙幣の横から顔を出すと。
「……ダメなの?」
と、驚いている。
「いやダメだよ! 使えないよ!」
今出せる最大限の声を出す。そうするしかない。そうするしか今の気持ちを表せないとばかりに声を張り上げる。
「そもそもなんで百円札なんて持ってるの! ある意味すごいよ!」
「えっと……おばあちゃんからもらった」
「お小遣いかよ! おばあちゃんもよく持ってたよ!」
「…………うん」
林檎が息を切らす。まるで長距離を走ってきたばかりのような汗が彼女の顔を伝う。
「はぁ、なんかものすごく疲れた」
「大丈夫?」
「うん……とりあえずその百円札、どうせだから大切にとっておきなよ」
「…………うん」
一息つくと、教室に戻るために来た道を引き返す。そのための階段が今はとてつもなく高く感じる。今からこれを登るのかと思うと憂鬱だ。
「じゃあ、先に戻ってるから」
「待って……私も行く」
「あれ、ざくろちゃん飲み物買わないの?」
林檎の質問にざくろは百円札を見せる。
「お金、これしかない」
林檎は大きくため息を吐くと、再び自動販売機の前に立つ。
「何か、おごるよ」
ざくろに飲み物をおごり、教室に向かう中で林檎の頭の中にあったのは、ただ「疲れた」という単語だけだった。
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