亡くならない記憶

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 理由……と小さく呟く雨音は、真剣に何かを考えているようだ。考えた事もなさそうに見えるが人間は理由がないとあまり動く気にならない。 「何故こんなにも夢中になっているか私にもよくわからないです。けど、気になるんです……どうしようもないくらいに」  確かに雨音の探求心は凄まじいものだとは思う。ただ同人誌とコミケについて話を聞いただけで、東京まで出掛ける猛者はそういない。 「理由も分からないのに動いてたのか」  その言葉に雨音は肩を落とすが、夢快はもう一言だけ付け足す。 「けど……気持ちは分かる。何となくだが分かる。調べたくなるのも無理はないと思う」  夢快も雨音同様、一昔前は前世の記憶について調べてばかりだった。前世の記憶を頼りに色々と探り、生きていた時代に住んでいた家も特定した。しかし、それだけだった。今までと何一つ変わらない。今までの苦労と目的が失ったことによる焦燥感は心を蝕んだ。  それでもーー 「そうだな。調べないと後悔するかも知れないしな。今更だが理由なんてそれだけで十分か」  意識することなく夢快の表情は笑顔になる。それに合わせて雨音の表情が明るくなった。 「そうですね。理由なんて後から見つければいいですよね。今はそれだけで十分です」  笑顔を返す雨音を見た夢快は、急に脳に衝撃が走り、何かが思い出せそうだった。古い記憶の中、草が生い茂る原の頂上で笑顔で振り向き、手を降る彼女。古風な身なりで、どことなく清楚な印象が強い。  夢快はその姿に見覚えがあった。忘れることしか出来なかった過去の産物であり、思い出したくない記憶の中に彼女は存在する。 「……どうかしましたか?」 「……何でもない。そろそろ俺は帰るよ。珈琲代は払っておくから」  夢快は喫茶店から逃げるように飛び出した。  神様とは本当に酷い奴だと夢快は思う。忘れる必要があった記憶、忘れていたことを忘れてしまった古い記憶を今更になって思い出させるなんて。  記憶なんて全て消えてしまえばいい。憎い神様に夢快は願った。
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