亡くならない記憶

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 夢快は一人で散歩をするのが好きだ。誰にも邪魔されず、見知らぬ人は動く風景として眺め、周りの会話や音はラジオの一貫として聞く。そんな年寄りくさい趣味を持つ。  大学で須藤の誘いを私的な用事で断ったのもほとんどが口実であり、本当は一人で過ごしたかったからだ。  どうせ須藤の誘いに乗ったところで、荷物もちや愚痴を聞かされるだけで、それなら断るべきと思ったのも理由の一つだった。  何より須藤には彼氏がいる。その役目は夢快ではなく、彼氏が責任をもって取り次いでくれるだろう。それが現代の彼氏の宿命だ。  地元の最寄り駅まで電車で移動し、そこから徒歩で書店まで移動する。  道中で坂道をのぼるのだが、いつも思うのがマナーについてである。この坂道は自転車側と徒歩側を地面の色で分けられてるのだが、ルールなんてお構いなしの連中が多い。  一体何のためのルールか分かったもんじゃない。世の中のルールを守れるのは子供の内だけで、大人になると意味が分からないルールを守らされる。  もっと他に守るべき事があるんじゃないかと思うも、もっと他に守るべきものが何なのかは思いつかなかった。  書店へ着くと引き戸を開き、中へと入る。真っ先に古本特有の臭いが鼻をつく。この書店は新刊と古本の両方を取り扱っており、品揃えも良く一ヶ月に一度は顔を出す価値のある優良店舗である。  出入口の真横に置かれた目当ての新刊を手に取る。  棚と棚で挟まれた通路には積み重なった本が沢山置かれており、足が当たらないように注意して進む。目当ての物は手にしたが、まだ他にも欲しいものが見つかるかも知れない。  宝物を探すかのように、棚の上から下まで眺める。  夢快が夢中で棚を見ていく中、引き戸が音を立てる。すると誰かに、またお会いしましたねと声をかけられる。  声のした方に視線を向けると見たことのある姿が写る。  長くうねった黒髪を適当に流し、全体的に小柄で表情が読み取りづらい。その姿は、まさに一月前に出会った彼女だった。  この偶然に対し、夢快は少しばかり体が緊張した気がしたが、気のせいだろうと認識する。世の中は気のせいであることの方が多い。
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