10人が本棚に入れています
本棚に追加
昼間は活気に溢れる広い公園に沿うようにして造られた、石畳の歩道。
ぽつり、ぽつりと薄青い街灯の灯る、どこか幻想的な暗い夜道。
静寂という言葉の似合うその風景に無遠慮に靴音を響かせながら、女はひとり帰路を辿っていた。
女が大股で一歩一歩を踏み出す度に、耳よりも高い位置で括られた髪がふわふわと揺れる。
半眼になっている瞳と同じ漆黒のそれは闇夜でも浮かび上がるほど艶やかで、まるで光のようでもあった。
「ったくあのジジイ、コンビニに入れ歯安定剤なんて置いてあるかっつーの」
眉根を寄せ、苛立ちを隠さない表情で。
可愛らしい顔立ちにはおおよそ似合わない口調で女はひとりごちる。
しかし次の瞬間には女の表情から苛立ちなどすっかり消え去り、代わりにどこか神妙さを湛えた表情が浮かんでいた。
口許を手で覆い、表情に負けないくらい神妙な声で、女は呟く。
「あぁ……でも、全国数多のコンビニさんがある訳だから、どこか一軒くらいは入れ歯安定剤を取り扱ってるところもあるかも知れないな。 あのジジイはそこで入れ歯安定剤を購入した経験があって、うちのコンビニでも取り扱っていると信じてやって来たのかも知れない」
だとしたら悪いことをしてしまったな、と。
尚も神妙な表情で、女はうんうんと考え込んだ。
彼女の名は、柏木美夜。
付近の大学の一年生に籍を置く、どこにでもいる……いや、少々変わった思考回路を持つ女だ。
最初のコメントを投稿しよう!