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φ
「神様っていると思う?」とぼくは訊いてみた。
「なんだよそれ、宗教勧誘か?」とヒロシは答えた。
ぼくたちがいるのは、放課後の教室だ。中学生になったばかりのぼくたちは、まだほとんど小学生だった。
「ちがうよ! 二十五年くらい前に本当に神様がいたんだって」
「怪しい宗教にはのめりこむなよー」
「いいから聞いてってば!」
ヒロシはしぶしぶという感じで黙った。
「その神様が言うには、人間の失敗は言葉だったんだって」
「どういうことだ?」
「さあ……。よくわかんないけど、言葉は悪者なんだよ」
ヒロシは首を傾げた。ぼくは続けて言う。
「それともう一つ。自由意思が存在しない」
「なにって?」
「結果は初めっから決まってて、何をやっても変わらないってこと」
ヒロシはやっと理解できたという感じで、ああと言った。ぼくはうなずく。
「だから、明日の国語と英語のテストは勉強しなくていいんだよ」
φ
ぼくたちは廊下を並んで歩いている。
「ゲーセン行こうぜ、ゲーセン」とヒロシは言った。
「うん、いいよ」
「あの格ゲーやるぞ」
「ああ、あれね」
「そう、それだ」とヒロシはうなずく。「勝負だぜ」
「別にいいよ」ぼくもうなずく。「もう結果は決まってるけどね」
「そうだな」
ぼくたちはハハハと笑い合った。
ぼくは、自由意思って本当に無いのかなぁと思った。
世界は、この廊下のような一本道じゃない。
廊下を抜けて学校を出れば、レストランもあるし、コンビニもあるし、公園もゲーセンもある。
見上げれば、広すぎるほどの青空がどこまでも続いている。
ぼくとヒロシは、生徒玄関で靴に履き替えた。
アスファルトを踏みしめて校門を通る。自然と早歩きになっていく。
ぼくは振り返った。
「競走しよう」
「え」
次の信号のとこまでねっ! と言い放って、脚に力を込める。
戸惑っているヒロシを置いて、ぐんぐん進む。
電柱が何本も後ろに離れていく。
今日なら絶対誰にも負けない。ぼくはそう思った。
了
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