サンドバッグとチェリーボーイ

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「相変わらず鈴木はのんびり屋だなぁ」  ぼんやりしていた私の後ろから声が飛んできた。担任の古川だ。少しがっちり気味の体格。男。20代だと自分では言ってるけど実際は知らない。見た目体育教師に間違われがちだけど、彼の担当は数学。  私は髪の毛が少し揺れる程度の会釈だけ返して、再び窓拭きに戻る。のんびり、ゆっくり。 「もうみんな帰っちまってるぞ。適当に切り上げて帰れよ? もう充分キレイだろー」  私は声に出さずに小さくうなずく。古川は目の端にそれを見て、歯並びを自慢するみたいな笑顔を見せて去ってゆく。  それで「生徒のことを見ている」つもりでいるんだから笑っちゃう。今週の廊下と階段の掃除当番が私の班じゃないことすらも忘れてる。まあ、教師なんてみんなその程度なんだけど。彼の授業中に、私の背中を誰かがリコーダーで殴ったこともあったけど、そんな「分かりやすい」ことにすら気づけないような男だから。  焼却炉から彼が戻ってくるのが窓の下に見えて、私はやっと窓から離れる。雑巾を、トイレの前に長く伸びている水場で適当に洗って掃除ロッカーに戻しておく。
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