サンドバッグとチェリーボーイ

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 誰もいない教室。自分の席に着いて、鞄の内ポケットにひっそりと入れてあるハンドクリームのチューブを取り出す。冷水で真っ赤になった手をゆっくりとクリームで覆う。  水が冷たくなる時期、同じクラスの茉莉香(マリカ)たちは、私に水仕事を押し付けて帰っていくのが常だった。長田茉莉香。クラスで一番の「派閥」のリーダーは、1人でいることを別に苦にしていなかった私をグループに「入れてあげた」と思っている。  実際は、彼女が何のために私を引き入れたのかは、分かってる。宿題や、係の仕事や、掃除当番や、そんなようなことたちから自分が逃げるためであり、グループ結束のためのスケープゴートを作るためだった。  私がいない時、「グループ」の他のメンバーは私の陰口で盛り上がっているのを、知っている。もちろん本人に聞かせないように気を遣ってはいるんだけれど、それでも予期せぬ遭遇でしたくもない立ち聞きをしなきゃならなくなるようなことだってある。  私が目の前にいる時は、「成美(ナリミ)は頭が良くて優しいからつい頼っちゃう」だけど、いない時は「いいように使われていることにも気づかない頭の足りない子」だったり、「ブスなのにへらへら笑ってる気持ち悪い女」だったり、「彼氏とか永遠に出来そうもない性格暗いやつ」だったりする。  私は、それに対しては悔しいとか悲しいとか、そんな感情はあまり沸いていない。元から、他人によく思われたいなんて思ったこともない。ましてやあの茉莉香みたいな連中にだったらなおさらだ。好かれる方がげっそりする。  だからこれでいいんだと思っている。いじめなのだとしても、そのターゲットが私である限り、自殺だの復讐だのといった凄惨な事件に発展することはないのだから。望まない集団生活を押しつけられているこの状況では、誰もが少しずつストレスを抱えているのだろうし。誰かがストレスを受け止めるサンドバッグになることで平和が保てるんだとしたら、私ほどふさわしい人間はきっといないだろうって思う。
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