サンドバッグとチェリーボーイ

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 だから私は2人分の掃除当番を黙ってこなす。手が弱くて冬の水掃除は母親から禁じられてるなんて、ありえない言い訳で私を拝む茉莉香の手は、とてもとてもキレイだった。その手を見て水仕事は止めた方がいいよと言う人は、彼女の想像の母親以外にはきっと誰もいない。  私の手は、あまりキレイじゃない。別に家で家事はやっていないけど、学校でいろんなことをやらされているうちに、ところどころガサガサするようになってしまった。それを見て、私の──こっちは本物の母親が、携帯もできる小さなチューブタイプのハンドクリームを持たせてくれたのだ。  私はこの時間が結構好きだ。静かな教室でひとり。自分の手を労わるように撫でている時間が。  そのうちに、彼がゴミ箱を戻しに教室に入ってきて。でも、所定の位置はドアのすぐ近くだから、彼が私に近づいてくることはない。私の席は窓際に近く、彼の席は廊下に近い。ゴミ箱を戻したら、教室の中に誰か残っているかなんてまるで気にする素振りも見せず、彼は出てゆく。鞄を手にして。  私は視界のはしっこで、そんな彼を追っている。  さよなら、また明日。口の中だけ、声に出さずにそうつぶやいて。
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