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「いってくらぁ」
左手で楽器ケースを背負い、右手で頭をかきながら、家を出る。
朝が弱い俺にとってこの日差しはつらい。
太陽が憎らしい。
「若!おはようございます!」
周囲から野郎の低音が脳に響く
「おーう。」
めんどくさいながらもしっかりと答える。
あいさつは基本だろ?かかしちゃいけねぇんだぜ?
「がっくーん」
家の中から声が聞こえる。
家族でこんな呼び方をするのは母親しかいねぇ。
「なんだぁー?」
足を止め、後ろを振り返ると、母がこちらに何か投げてきた。
「おい。いきなり投げてんじゃねぇよ。」
と言いつつ、胸元でしっか受け取る。
「うぉっと。」
あやうく大事な楽器を落とすとこだったじゃねぇか。
「弦…?」
受け取った箱を見ながら呟く。
「だって、がっくん弦3ヶ月張り替えてないでしょ-?」
母親は俺の左肩―正確には、楽器ケースの中のバイオリンを見ながら言った。
言われて気付いた。
もうそんなにたってたのか…。
時が経つのはえぇな……、って年寄りみてぇだな。
頭の中で自分の考えを否定しつつ母に向き直る。
「おう、さんきゅ。」
手短にそう言って、踵を返す。
「がっくーん、いってらっしゃーい」
俺は振り返らず、右手だけ上にあげて手を振る。
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