中岡慎太郎

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挙兵に参加し、朝廷からも絶大なる信頼をもち、何より薩長同盟の立役者である慎太郎が生きていればトップに座るのは慎太郎しかいなかったのではないか。桂、西郷など位は上でも幕末において、強烈なリーダーシップを持ち人望もあった面々は皆命を落とした。言うなれば明治の世に生き残ったものは後ろからついてきた人間ばかりでまさしく「残りもの」だった。 その中にあって慎太郎は別格だった。リーダーとしての器と人望を備えていた。彼がいることで出遅れた土佐を明治政府に組み込まねばならなくなることは火を見るより明らかだった。 だから薩長は慎太郎の存在が邪魔であり脅威だった。 こうみると龍馬暗殺の謎はきれいに解ける。 が、刺客が龍馬を尋ねてきたのは事実。しかし、この事件で徹底的に切り刻まれ重傷を負ったのは慎太郎の方だった。龍馬は脳をやられたことが致命傷になったが数太刀しか受けていない。が、二日命があった慎太郎は両手両足を切断寸前の状態だった。何故ここまで慎太郎が狙われたのか、何より二日命があり、粥を食べるまでに回復したと言われる慎太郎がなぜ事件に関する特別な証言を残してないのか。 ちなみに慎太郎は事件後薩摩潘邸に担ぎ込まれている
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