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客の少ない喫茶店。
窓際の席に携帯を片手にいじりながら腰掛ける俺は、どこからどう見てもただ暇をもてあましている若者にしか見えないだろう。
テーブルの上には、とっくに飲み終ったコーヒーカップが一つ。
9月中旬にしては少々厚着かと思われる茶色のレザーコートを羽織り、額にはサングラス。
『上』から用意された服をそのまま着た形だが、少々動きづらい。そして暑い。
俺は携帯で現在時刻を確認すると、再びゲームアプリを開いてそれに興じた。
もう少し時間を潰す必要があるからだ。
俺の所属する『組織』から与えられた仕事まで、もう30分ほどの時間がある。
別段、何もせずぼーっとしていることに苦痛は感じないが、何かしら作業をしている風にしていなければ、周囲から不思議がられるのは間違いない。
30分間、本当に何もせずそこに座っているだけの人間がいれば、誰もが多少たりとも奇異の視線を向けるだろう。
それは好ましくない。俺は決して目立ってはいけないのだ。
――何故なら。
『俺は存在しない人間』だから。
それは言葉どおり。
名前も無く。家も無く。家族も無く。そして。
生きる意味すらも、持たず。
ただ中身の無い人形としてのみ、価値があるということ。
俺が仕事をするにあたって、それだけは絶対的な前提条件。
俺の存在を周囲に知覚させてはならない。
誰にも悟られず、仕事をこなし、それを終えること。
それが出来ないのなら、俺は俺である意味が無い。用済みだ。
「……」
ふと、携帯が鳴る。
今持っている方ではなく、胸ポケットにしまってある、黒い携帯。
俺はそれを取り出すと、耳に当てた。
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