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「時間だな」
俺は立ち上がると、サングラスをかけなおして喫茶店を後にする。
今日の仕事はある男の護衛だ。
ある荷物をある場所へ運ぶその男を、護衛する。
その仕事に何の意味があって、何の必要性があるのかは知らない。
知る必要が無い。
ただそうしろと言われたから、俺はそうする。
そうすることで俺には意味が与えられ、住む場所と食事を与えられる。
「……」
待ち合わせ場所である時計台に着くと、俺は周囲を見渡した。
ここは他にも待ち合わせに利用する人間が多く、周りには老若男女様々な人間で溢れていた。
そんな中で、俺達のような周囲から身を隠して仕事をしなければならない人間が落ち合っていても、誰も気には留めまい。
木を隠すなら森の中。
人気の付かないところで何かするよりも、人がいるのが当たり前の場所で何かをした方が、圧倒的に目立たない。
「……!」
ふと背後に気配。
小さく、トントンと右肩を指で突付かれる。
二度、三度。そうして四度目。
その時になって俺は初めて振り向いた。
「お待ちしてました」
俺は言う。
正面には黒の革ジャンに青いジーパンを履いた、若い男が立っていた。
右肩を指で二回、それを四回繰り返す。
落ち合う前に、『上』から指示されていたサインだ。
「こっちだ」
男はそう言うと、そのまま人混みの中を歩いていく。
俺もその後についていった。
男の格好は今時の若者のそれで、まさか危険な仕事に携わっているとは到底思えないものだ。
しかし、歩き方は見る人間が見ればやはり異常で。
この人混みで、彼はほんの僅かも他の人間に接触することなく、そうしてスムーズに前方へ進んでいた。
そしてそれは、俺も同様だった。
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