ギブソンと赤いキャミソール

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 今日は珍しい事が起こったんだ。今まで有り得なかった事だ。  彼女との出会い――ここから俺の人生が大きく動き出したのは確かだ。  兎に角。前置きが長くなったが、これから今日あった事を全て話そうと思う――  俺は大学の講義を終え、この後の行動を二つから選択する時間に差し掛かっていた。今日の選択は前述の前者。つまり、錦糸町駅前での弾き語りだ。  俺はいつもの駅前の隅のシャッターの前に腰を下ろし、暫くは行き交う人々を眺めていた。  皆は何かに追われるように足早に俺の前を通り過ぎていく。俺は少し考えたが、結局、俺にはそんな人達を理解できるはずもなかった。俺にはそんな生活をしてまで生きる理由が見つからなかったのだから。  ――その時になれば分かる。人々にこの疑問を問いかければ口々に返ってくるだろうこの言葉。だが、分かりたくもない。答えはこっちから願い下げだ。  行き交う人々から見え隠れする近い将来だろう自分の姿を掻き消すように、アコギを手に取り歌い始めた。 「――ねえ」  俺は今日もいつも通り誰にも気にも留められず、歌い終えた後、静かに帰宅するものだと思っていた。だが、今日は違ったのだ。
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