ヴァニタスと二者択一

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 創設当時、中途半端なファン精神で書き込まれるBBSに、俺は居ても立ってもいられなくなってレスを返した。  彼女の歌声は、存在意義の分からなかった俺に生きる意味を与えてくれた――俺という殻を被った何かが息を吹き返した気がした。  そんな彼女がこのBBSの書き込みに曲げられていくのが俺は許せなかったのだ。  俺は必死で書き込んだ――自分の中の彼女を。俺には奴らを否定するだけの知識と思いは十分にあった。俺のせいでサイトを離れた奴もいただろう。しかし、俺はいつしかここに必要な人間になっていたのだ。 「壮平はCDいっぱい持ってるんだね」  起きてベッドを離れた女は、俺のCDラックに気付き、その前で座り込んだ。 「けど……メメントのCDばっかり」  女はラックに並べられたCDの背表紙を見て言う。 「好きなんだ。彼女が」  俺は一言だけ返事をすると、大学に行かなければいけない事を告げ、女に家を出る準備をさせた。  そして、もう二度と会う事もないだろうと思いながら、玄関で女を見送り、俺は部屋の扉を閉めた。
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