ヴァニタスと二者択一

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 平日の錦糸町の駅前。行き交う多くの人々。平日のこの時間は、仕事帰りのサラリーマンで溢れていた。  駅前の隅には、いつもシャッターが下ろされている場所がある。俺は辺りよりも少し暗いこの場所でいつも弾き語りをしているのだ。  曲はオリジナルばかり。メメントが好きだからといって、彼女の曲を歌ったりはしない。彼女の楽曲は彼女自身でしか表現する事はできないのだ。  ところで、なぜ俺は弾き語りをしているのか――その理由は曖昧だ。  音楽が昔から好きだった俺は、高校生の頃からギターを弾き始めた。その延長上と言えるかもしれない。ただ、誰かに聴いて欲しいとかそういう事ではない。  俺のギターと歌で、外気が振動して灰色の空に伝わり消えていく。この感じ。音を出す一瞬一瞬のみだが、俺の虚無な心に生命を感じる事ができるのだ。一番の本当の理由に近いものはこれかも知れない。  ただ、俺の外気を揺らして伝わる音は誰の耳にも留まらない。無数の人々が俺の目に映るものの、何かに追われ慌ただしく一瞬で視界から消え失せる。  これは別に今日だけの話では無い。今までだって、誰一人足を止めた人はいないのだ。  だけど、俺はその事に悲嘆したりはしない。理由は前述にある為、敢えて改めては説明はしない事にする。
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