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ミコトside
「わぁー」
時田くんが予約してくれた宿は、学生が泊まるにはかなり敷居が高い老舗旅館だった。
建具や装飾、調度品に至るまで、高級感溢れた、六畳と十畳の二間つづきの広い部屋。
内風呂は檜で、さらに外には岩の露天風呂まである。
大浴場も別にあるのに、かなり贅沢仕様だ。
夕食は部屋食で、かなり豪華な懐石が出るらしいし………宿泊費は1人、5万……いや6万は下らないかもしれない。
時田くんは旅行券があるって言っていたけど、軽く足がでるんじゃない?と、ちょっと心配になった。
「佐和さん、お茶入れましょうか?」
座卓の前で急須にお茶の葉を入れている吉仲先輩に声をかけられ振り返る。
「あ、私が入れます!」
慌てて近寄ると、吉仲先輩はクスリと笑って、首を横に振った。
「疲れたでしょ?ゆっくりしてなさい」
「………はい…」
うなずいて、座椅子に正座する。
吉仲先輩と二人きりなんて初めてだから、なんだか緊張する。
チラッと見上げると、立て膝のまま、うつむいてお茶を湯飲みに注ぎ始めた吉仲先輩の、綺麗な黒髪がさらりと華奢な肩を流れた。
整った横顔。白磁の肌。手入れの行き届いた、綺麗な爪先。
どこを見ても、隙がない、完璧すぎる美しい人。
「…………」
蓮くんは私といるとき、気を使っているのか、彼女を『吉仲先輩』と呼ぶ。
でも、ふとした瞬間、無意識に『真由』と呼ぶときもあって……。
二人が過去、ただの友人ではなかった事実を思い出して、少し胸が痛くなる。
蓮くんが私を大事にしてくれてるのは分かっている。
吉仲先輩に恋愛感情がないことも。
ただ、たまに彼女を気にしてる素振りをしたり、深く理解している姿を見ると、どうしようもなく不安になってくるのだ。
吉仲先輩の方が私より全てにおいて優れていて、魅力的だから。
蓮くんはいつか私より彼女を好きになってしまうんじゃないかって。
蓮くんの心が離れてしまうんじゃないかって。
それが、醜いだけの愚かな嫉妬だと、頭の中では分かっているけれど………。
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