1788人が本棚に入れています
本棚に追加
蓮side
部屋に着いた途端、タブレットで株価をチェックし出した時田を睨みながら、空調を整え、アメニティを確認し、お茶を入れる。
湯飲に蓋をし茶托に載せて、お茶請けと一緒に時田の側に置いてから、ハッと我に返った。
…………俺はどうして、こんな奴に甲斐甲斐しく茶なんか入れてやっているんだろう?
俺は嫁かっ!と自分に突っ込みをいれて、かえって激しく落ち込んだ。
なんかイヤだ。今すぐ帰りたい。
「よし、1億もうけた」
とんでもないことをポツリと呟いて、時田がタブレットを片付け顔をあげる。
「………あれ?浅倉っち、何でそんなに落ち込んでるの?」
不思議そうに首を傾げる時田にイラッとしながら顔をそらすと、ヤツはクスリと笑いを漏らした。
「えー何?もしかしてまだ佐和ちゃんと同室になれなくて拗ねてるの?」
「別に。俺はお前と一緒にいたくないだけだ」
「何それ。ひどくなーい?」
抗議の声をあげる時田にため息を漏らす。
「真由とミコトは人見知りだから、二人きりは気まずいだろ?真由だって、お前と一緒の方が良かったんじゃないか?」
俺の言葉に時田は、笑顔を消して机に突っ伏した。
「俺と真由が一緒だといろいろマズいんだよ」
「マズいって何が?」
「二人きりだと理性がもたない」
「は?」
時田の言葉に眉を寄せる。
「お前、真由と暮らしてるんだろ?何を今更…………」
言いかけた俺を遮るように、時田が机を叩いて起き上がった。
「バカだな浅倉っち。平常とは訳が違うんだよ。
浴衣に濡れ髪だよ?浴衣に濡れ髪!そんなん耐えられるわけないだろう!?」
当然のように主張する時田に、バカはお前だと心の中で呟きながらも、俺は黙ってやり過ごした。
先月、真由とカフェで話したとき、彼女が寂しげに言っていた言葉を思い出したから。
『一樹は、あれから私に必要以上には触れないのよ』
高校時代、真由は時田の子供を流産している。時田はその時の罪悪感を強く抱いたままなのだ。
だから、真由に触れない。彼女を傷つけないために………多分、もう二度と。
それが正解か否かは分からない。でも。
倫理、道徳、背徳、贖罪。
彼らを縛るものは、この世に溢れていて。幸せになるのはひどく難しいから。
「………分かった。我慢してやるよ」
ボソッと呟いて、ため息を吐いた。
不本意だけど仕方ない。明後日までの辛抱だ。
最初のコメントを投稿しよう!