†墓に咲く、真っ白な花嫁†

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 ぽっかりと穴が開いたように、自分や周りのことが頭から抜けてしまっていた。 「私はなぜ逃げていたの? 宵ちゃん!」  返事はない。誰もいない。誰も追ってはこない。  そう直感し、先程とは違う恐怖が少女の中に生まれた。  ここは人の立ち入る領域ではない。人間としての本能がそう告げている。  どうして、ここへ来てしまったのだろう。 「っ痛」  痛みが全身を支配した。我に返った体に、転倒したときの痛みが押し寄せてきたのだった。 「ここは」  見上げれば古代の苔むした塔の廃墟群と、巨大な樹木とが高くそびえ立ち、それらが天井のように視界を覆っていた。  その合間から滴る雨が冷たく体を打つ。  神話になるほど古い時代から続く、言い伝え。  廃墟の樹海。  人が立ち入ってはならぬ禁断の地。  立ち入れば二度と出られぬ迷宮。  鬼が住むといわれる、この世の地獄。  少女の記憶している歴史の本に、そう書かれていた。読んだことがあった。  思い出せないでいることも沢山あったが、忘れないでいることもあったのだ。言葉や一般的な常識は後者だったのだろう。  ぶるっ、と少女が体を震わせる。  本来、少女は神殿の敷地内から出たことなど、これまで一度としてなく、外界の景色など知る由もない。比べる術もない。  だが、記憶を失くし余分な情報が消えてしまったことで、より鮮明に本の中の解説や挿絵が比較された。  この土地がその禁断の場所なのだとは思いたくない。しかし、考えれば考えるほど当てはまる事柄ばかりのような気がしていた。  自分が何を失ったのかもはっきりと分からない中、微かに思い出す大切な事柄。 「そうだ。宵ちゃん、宵ちゃんを探さなきゃ」  日も落ちてきたのか、ただでさえ暗い廃墟の樹海は、真っ暗闇に近いほどだった。  もしここに片割れの少女がいたら。道に迷っていたら。  そう思い、少女は立ち上がろうとした。  姿を見失った、もう一人の少女を探そうと力を振り絞って立とうとした。  だが、立てない。何度立とうとしても力が入らなかった。 「っ。私は誰を……何を探していたんだっけ。宵、よい? 誰」  冷たい雨が、動きを止めた体から体温を奪っていく。
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