†墓に咲く、真っ白な花嫁†

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 何の前触れもなく、それは突然のことだった。 「わたしはイークウォル。この廃墟の樹海を治める者。人間の娘がこの地に何用か?」  少女は力を振り絞ったが身体が動かない。  瞳だけを声のするほうへ向ける。  少女には足元しか見えなかった。 「お前は誰? 何の目的で、どうやって此処まで来た? 誰の許可を得て?」  少し低い男の声が、少女の耳に響く。心地よい声だった。  心の、否、魂の奥深くで何かが溢れ出てくる。  触れて欲しい。もっとその声を聞かせて欲しい。  そのような、はしたないことを思ったなど、幼い少女には初めての出来事だった。どうしたらよいか分からない。  ましてや朦朧として今にも気を手放してしまいそうな時に、男からの質問に答えられるほど思考回路は働いていなかった。  少女は何も応えられずにいた。  ただ分かるのは『廃墟の樹海』と男の声が言い放ったのと、ここが真実『廃墟の樹海』であるならば普通の人間がいられるはずがないという事。  ここには、恐ろしい鬼が住むという伝説があるという事。そのことだけだ。  少女は心の中に在り続ける恐怖とともに、他の感情が湧き出していることに気が付いたが、それが何か知らなかった。  胸が苦しくなるほどの、体と精神が溶け合ってしまうほどの激しい何か。  何という言葉で表したら良いのか分からなかった。  その間にも容赦なく花たちは少女の身体に絡みつき、傷口を撫でていた。  痛みが消えて朦朧とする少女は、もうそんな事にも気付かないでいた。    樹海の主は少女に向かって言葉を投げ掛ける。 「これ程この花に愛される乙女も居なかろう。確かに、あれに似ている。姿かたちは全く異なるのに、その瞳は同じなのか?」 「な、に?」 飛びそうな意識と格闘する。 「行、かな、い、で。た、す、け、て」  イークウォルは目を細めた。 「既に助けられているというのに?」 「怖、いの」  そう言った少女はそれきり、くたっとして動かなくなった。  意識が消えてしまったようだ。  だが、その少女が死んでいないことをイークウォルは知っている。  汚れた首元を流れる、温かな動脈の呻きが彼には聞こえていたのだから。
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