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「ふっ、何が怖い? このわたしのことは、怖くないとでも言うのか」
イークウォルは、それとは解からないような微笑を口元に浮かべた。
彼は、真っ赤に染まった花たちが、純白の身に戻って名残惜しそうに少女から離れていくのを見届けた。
花たちが身に纏う鋭い棘は、少女に唯の一本も突き刺さってはいなかった。
「お前たち、これが気に入った?」
花を一瞥(いちべつ)すると、イークウォルは汚れるのも構わず少女を抱き上げた。
自分のマントで少女を雨から隠した。
先程まで全身にあった生傷も出血が止まり、傷が塞ぎかけていた。
「人間の小娘か。とんだ拾物をしたな」
少女を腕に抱きながら、白い花が咲く場所を見つめていた。その傍らの小さな石碑を。
「おかえり、お前を待っていたよ。ずっと気が遠くなるほど、愛しの君」
誰にも聞こえていないはずの言葉に、少女の体が僅か動いた。
変わらず、意識は戻っていない。
「愛している。それすらも忘れるほど、待っていた」
濡れながら言った。空耳のように紡がれた言葉が放たれた瞬間、マントを纏った美しい男の姿は消えていた。
雨が、降っていた。雲で覆われた月の代わりに純白の花たちが咲き乱れ、輝いていた。
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