†吸血鬼の館、忘却の暁†

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 確かに、少女の首に熱く脈打つ、赤い血管に食らいつきたい衝動には駆られている。  長らく、食事という食事もしていない。本能は血に飢えている。  しかしながら、セルシムは主人に忠実だ。ましてや、主人の想い人の魂を持つといわれる者に、牙を突き立てられようか。  主人を裏切って、少女から血をすすることは十中八九、完璧に近いほどないだろう。  それが分かっていてイークウォルは続けた。 「傷が塞ぎかけているとはいえ、服や肌についた血の匂いは消えないから。早く洗い流してしまわねば、お前に襲われかねないし」 「旦那様! ご冗談もほどほどに! 本当に色々と誰のせいですか。私には拷問そのものですよ、まったく!! 湯殿はもう用意してございます。旦那様がいつお帰りになってもいいように!」 「なるほど、そうか、セルシム。ありがとう、お前は気が利く」 「ですが、私が入浴させるのは遠慮させていただきますよ。今のままでは、これ以上近づきたくない」 「当たり前だろう? わたし以外に誰が入浴させるというのだ? 仮にも、わたしの物を」 「だ、旦那様。気をつけてくださいよ。その、あのー」 「ふん。そんなことをわたしが望むとでも?」 「……旦那様」 「望んだとて、それは叶えてはいけないことだ。解かっている」  セルシムの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。  感情表現豊かな老執事とは反対に、イークウォルは淡々と言葉を紡ぐ。 「約束は果たされた。この娘は、回復したら人里へ帰してやる」 「それでよいのですか? 約束はまだ」 「言うな、セルシム。それ以外、他にどうできる? 命は限りがあるから美しいのだ」  そう言ったイークウォルの目は、セルシムが体を射抜かれると思うほど、強かった。  深海にでも迷い込んでしまったのかと思うほど、暗く、青く、果てしがなかった。  館の主人は少女を抱いたまま、浴室へと消えた。
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