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セルシムはやりきれない気持ちになる。
分かっていた。
己などより、主人の方が余程、あの少女から香る血に、飢えていた。
それこそ拷問に近いほど渇望し、身が焦がれる思いをし、それでも耐えていたのだ。
彼の血の僕(しもべ)であるから、嫌という程、伝わってくる感情。
そう、セルシムは知っている。
感情の起伏をあまり外に出さない、己の主人の不器用な優しさを。壮麗な美しさを。
そして、その心の内に秘めた激情を。
限りない命。我が主人の呪われた運命が憎らしかった。
主人が、かつて愛ゆえに刻んだ約束は、その『時間』ゆえに果たされることはないのだろう。
命は限りがあるから美しいのだ、というその声も。その心も。
主人の血の僕でしかない己には、どうやっても救うことなど出来ない。
いつか、自分が命を終えるとき、主人の傍らには一体誰が居るのだろうと。
いや、誰も居らぬのだろうと。
セルシムは可能な限り、生き続けようと思った。
主人がその血を分け与えてくれなくても。一年でも、一秒でも永く。
それは苦しみではなく、主人の傍らに在る喜びなのだと。
止めようと思っていた涙は、止まらず溢れ出す。
大の男泣きだ。
我ながら情けないと感じつつも、老執事は客間の準備を整えにハンカチで鼻水をすすりながら、館の奥に向かって歩き出した。
今日のこの出会いが、何かの始まりであればいいと願う。
永らく止まっていた刻が、今、微かに動き出したことを──セルシムは、その老いた身に感じていた。
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