†墓に咲く、真っ白な花嫁†

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 雨が降っていた。土砂降りの雨だ。  降っては止んでを繰り返していた空は、幾日も前から豪雨となり止むことを知らないようだった。  分厚い雲は、つい今し方まで雷鳴を轟かせていたのだが、現在は雷があちらこちらに落ちた証拠を残し、焦げ付いた匂いだけを充満させていた。  たった一人きり、少女はただ怯えて、一心腐乱に走っている。懸命に走り続けている。  元がどんな身なりなのかも判別がつかぬほど汚れた服装で、髪も素肌もみすぼらしい格好だ。  小さな体をめいっぱい使って、力の限り走っている。  どれだけ走っただろうか。少女の痛みや苦しさは限界を超えて、そういった感情さえ恐怖に塗り替えられていた。  誰もいない、樹々がうっそうと茂る樹海のような場所をひたすらに走る。  ぬかるんだ地面や大木の根に足を取られそうになるが、なんとか持ちこたえ、体制を立て直して走り続けた。  ただひたすらに動く体。そして恐怖が襲ってくるのみだ。  走れ、走れ、と己の限界を超えても本能がひた走る。  度々、後ろを振り返って誰かが追ってこないかを確認していた。  振り返り際、視界の端に真っ白な物が映った。  それに気を取られ、少女は足元にあった木の根につまずいてしまった。  勢い良く転倒し、雨で濡れそぼった体は地面を滑って泥にまみれた。  右足の靴が脱げて破れた。左も、走り続けていたため損傷が激しかった。  踝(くるぶし)まであるスカートはめくれて、覗く膝からは血が流れている。  手のひら、頬、額も裂傷を負った。  そのまま、しばらくうずくまる。  動きを止めた少女はハッと我に返ったように目を見開き、激しく呼吸をした。目じりに涙を浮かべて。  だが、それ以上、涙は溢れてこなかった。とうに、涙など枯れてしまっていた。
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