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悪魔は自らの爪が額に突き刺さった後、一度だけ身体を大きく震わせ、そして、二度と動かなくなった。
男は静かに黙祷を捧る。
その様は神に仕える敬虔な信者を思わせた。
死者への祈りを済ませた男は、一息つくと女性の方を向いた。
「おい、姉ちゃん。怪我はないか?」
男の雰囲気は、元の軽薄なものへと戻っていた。
女性はその変わり様に面食らいながらも、口を開く。
「え、ええ、大丈夫で……あっ」
女性は立ち上がろうとするが、走り疲れた疲労と恐怖から解放された安心感で足がふらついてしまった。
「おっと」
倒れそうになるところで、男が女性の肩を支える。
「あ、ありがとうございます。その、命まで助けていただいて何と言ったら良いか……」
「ああ、良いって良いって。こっちは慈善事業でやってるようなもんだからさ。
それより、姉ちゃん。アンタ、生きたいって言ったこと、忘れるなよ?」
男は表情は変わっていないが、言葉には真剣さが滲んでいる。
「はい、私はもう大丈夫です」
女性は気圧されそうにななるが、力強く頷いた。
その言葉に満足したのか、男は笑みを浮かべる。
「良かった。じゃあ、今日見たことは忘れてくれ」
「え……?」
どういう意味かと女性は聞き返そうとする。
しかし、男が女性の眼前に手をかざしたところで。
女性の意識は途絶えた。
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