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そう、例えるならば小さな子供が初めて貰った玩具を大切にしたくて箱の中に入れて大事に大事にしまっておく。そんな愛情。何よりも大切だから、閉じ込めてしまいたくなる。目の届くところに。あんたが傷つくことがないように。それが自分のだけのものにしたいと言う欲望だと気付いたのはいつ頃だったか。
「どうしたの、ネズミ」
難しい顔して、と心配そうな顔をして自分の前に屈み込む紫苑。
「…別に、なんでもない」
「……そう」
じゃあ言いたくなったら言ってね、と言い立ち上がり離れようとする紫苑の腕を反射的に引き、後ろから抱きしめる。
「ネ、ネズミ…?本当に今日はどうしたんだ」
「だから、なんでもない…」
紫苑と出会ってからどんどん自分がおかしくなっているのは自覚済みだ。紫苑と出会う自分なら、こうやって他人を想い他人を欲するなんてなかったのに…。いや、他人じゃない、紫苑だけだ。こんなにも強烈に心の底から想い、欲しているのは。
「変なネズミ」
くすくすと笑う度に揺れる透明に近い白髪。きらきらと輝くそれに、思わず首筋に顔を埋めた。
「ネズミ、くすぐったいってば」
「我慢しろ」
けたけたと至極楽しそうに笑う紫苑から、甘い香りと白い項に目を意識を奪われる。あぁ、食べてしまいたい。
「ひぁっ…!?」
「色気のない反応だこと」
「なっ、なななネズミ!いきなりなにするんだ!」
無意識の内に、彼の首筋を舐めていた。…びっくりした、と言う彼の顔は熟れたイチゴの様に真っ赤でとても美味しそうだった。
「なんか、あんたから甘い香りがしたからつい」
「あ、甘い香り…?僕なにも香水とかつけてないよ?」
「知ってる」
きっとこの甘い香りは彼自身の匂いだ。蜂蜜のように甘ったるいこの香りは彼自身を表しているようだった。天然で人を疑う事もしらないお坊ちゃん。ほら、蜂蜜の様に甘ったるい。だから、一度嵌まると脱け出せないこの甘い罠からも彼からも。
「本当…今日のネズミは変だな、熱でもあるのか?」
「余計なお世話だ、いいからじっとしてろよ」
きっともう、紫苑と出会う前の自分には戻れない。この温もりを知ってしまった。一度知ってしまったら戻れない。後はただ、堕ちていくだけだ。
愛情ベクトルの行方
でも、それでもいいと思う自分がいた。
‐END‐
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