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「雪だ…」
客の話し声やホールスタッフのオーダーを通す声が行き交う中、窓際に座っていた客が呟いた。
二十代半ばくらいのその女性はお酒に少し頬を染めて、でも瞳は少女のように輝いていた。賑やかにしていた他の客も、その声につられて窓の外の舞い散る雪を眺めだした。
「三年前のあの日と同じだね」
「もう三年も経ちますか?」
「うん、ちょうど三年。あっという間、だよね」
カウンターの一番端の席の男性と板前さんとで交わされた短い会話。
(桜の季節の雪か…)
「…ねえ、雪の茅舎一合もらえるかな」
「珍しいですね、日本酒なんて」
その言葉に男は少し照れくさそうに笑った。その笑みの理由を板前さんは知っていた。だから別に本気で驚いた訳でもなく、どこか楽しんでいる風な感じの笑顔で応えた。
「あの日も確か雪の茅舎でしたよね」
「そう、あの日と同じ。…ただ隣に彼女がいないっていうのと、時が流れて僕が今年三十歳になるってことが違うだけ」
静かに微笑むその横顔はとても柔らかで、少し淋しげだった。
炭のはぜる音や、まな板を叩く包丁の音の中に、男は三年前のことを思い返していた。
「失礼いたします。雪の茅舎でございます」
運ばれてきたそれはガラスの徳利の中で優しく揺らめいていた。
(この徳利も猪口もあの日と同じだ)
誰かを好きになるのに理由なんていらない
誰かを好きになるのに条件なんて必要ない
好きになったその気持ち、ただ受け止めてもらえるだけで幸せだった
大切なことを気付かせてくれたhisaに愛と感謝の気持ちを込めて…
そして今もたくさんの人の中で生き続けている、加藤大治郎へ……
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