始まりと終わりと、そして、始まり

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政府の研究機関は、思った通り稼動していた。 上の人間は、民間人が襲われるのを高見の見物していたのだろう。 勿論、生存者の救護もしていたようだが、十分だとは思えない。 現に、私達が必死で生きている間に、政府の人間や軍隊と出会った事は無かったのだ。 それでも最後の望みである事には違いない。 手持ちのワクチンは底をついていた。最後のワクチンは、私の肉体だけだったのだ。 彼らに資料を渡し、後を委ねる。 ゾンビの跋扈(ばっこ)しない、人間の世界に戻るようにと、願いを込めて。 私は木陰に横になっていた。 美しい日だ。 もう恐れるものは何も無い。 全てが正常になったのだ。自然に笑みが零れる。 それなのに、ジェシカ、何故泣いてるんだい? 私はこれから、君に愛を告げようかと考えているのに。 しかし私は彼女に声をかけようとして、口が思うように動かない事に気づく。 目を開けようとするが、瞼がそこに無いかのようだ。 手で顔を触ると、目のある筈の場所に虚ろな穴を感じる。 その手も皮膚が流れているようだ。 その時になって気づく。 私の背中を濡らしているのは、自分自身なのだと。 今、あのワクチンが、私の肉体に死を与えているのだ。 ワクチンはゾンビの生きた細胞を殺す作用があった。 それは、私の肉体にも緩やかに作用していたらしい。 私の肉体の細胞は死滅していく。私は生きたままに死ぬのだ。 だが、痛みも恐怖も無い。あるのは解放感だけだった。 ああ、ジェシカ、泣かなくても良い。笑顔で送ってくれないか? 私は今、幸せなんだ。 私は今、笑顔でいる。 溶けた口元では分からないかも知れない。 私の言葉はもう届かないだろう。 だけど、ジェシカ。笑顔でいて欲しい。君の笑顔に私は救われていたんだ。 サム、後を頼むよ。 笑顔でサヨナラしよう。 Good-by
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