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「……〈離しなさい〉」
近藤の腕の中でナイフを突きつけられている少女はただ、呟くようにそう言っただけだった。
しかしその言葉を聞いた瞬間、体が自分のものではなくなったような感覚に襲われる。
まるで見えない鎖にがんじ絡めにされてしまったかのように。全く体が動かせない。
そのまま自分の意思とは関係なく、言われるままに夕鶴の体を解放してしまっていた。
この力を知っている。生まれながらの才能である、『言霊』と呼ばれる力だ。
言葉に自分の霊力を乗せ、相手を思うがままに操れる力。逆らう事の出来ない、絶対的な服従だ。
「……お、前」
「初めてでしょう、言霊の持ち主に会うのは。生まれながらの才能と力が全てだから、言霊の使い手なんてほとんどいないもの」
力があっても才能がなくては使えない。逆に、才能があっても力がないと使えないのだ。
だから言霊使いなんてこの世にはほとんどいない。彼女のように、無詠唱で言霊を操れる者など、特に。
「ますます貴方が必要のようだな」
気丈に笑って見せるが、内心近藤は困り果てていた。
自分はまだ執事の中でも霊力を持つ方だ。持つ方なのだが、彼女を前にしたらまるで歯が立たない。
「行かないって言ってるでしょ。しつこい人は嫌いよ」
彼女の瞳が細められた。底冷えするような冷え冷えとした眼差しをしている。
それに睨まれ、近藤は一瞬だけ自分の死を覚悟した。
――――――――――――――
「何をしているの、近藤?」
不意に後ろから響いた声に、近藤が慌てて振り向こうとした。だが、言霊に縛られてる為動けないらしい。
彼を解放してから声の主を見ると、こちらに向かって来る着物を着た綺麗な女性がいた。
「貴方が夕鶴さんね。はじめまして、私は龍嘉 風代(かざよ)。貴方の母になる人です」
勝手に養子になる事で話を進めているこの女性。少し見ただけで、夕鶴は苦手意識を持った。
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