狂気の起点

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ピピピヒ… 枕元の携帯電話が鳴り続ける。 12月を目前とした寒い朝、更科亜紀(28)は時計が午前6時すぎを指しているのを横目に、通話ボタンを押した。 「あい、さらしなでーす…」 電話の向こうから低い男の声がする。毎日聞いている上司の声だ。 『杉並区で殺しだと。現場行ってくれ』 殺し、とは殺人事件のこと。 某大手テレビ局の記者として事件取材班にいる亜紀は、メンバーの中でも年齢は下から2番目なので、よく現場に駆り出される。なので、特に驚くことなく亜紀はベッドから起き上がった。 「了解です、被害者は1人ですか?現場の住所と概要をメールで送ってください」 化粧はタクシーの中でするか、と思いながら電話を切り、顔を洗いに洗面台へと向かった。 大学を卒業して、難関のテレビ局に入社したのが22歳のとき。 幼いころからの夢だった記者になれた。 テレビ番組にはうとかったが、ニュースは欠かさず見て、新聞も毎日3紙読んだ。 日々起こる出来事を追いかける…それが亜紀の夢だった。 今まさに、その実現した夢の中にいるのだと有頂天になっていた。 朝は早く、夜は遅い。プライベートなど睡眠時間しかない今の生活も、体が慣れてくれば平気だった。むしろ、疲労困憊している時のほうが、アドレナリンが大量に分泌されているのか、神がかったようにスクープを取っていた。 若いながらも局内や同業他社から一目おかれる存在であることは、亜紀自身よく知っていた。 紺色のサテン地のインナーに、グレーのパンツスーツを重ね、さらにトレンチコートを羽織った。 胸元まで伸びた細い髪がさらりと揺れる。 鏡を見ると、黙っていれば黒目が大きく可愛いげのある、小柄な女性が立っていた。 「出るの?」 玄関を出ようとして、背後から声をかけられる。 亜紀が寝ていたベッドから青畑玲一(34)が顔を出していた。
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