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「あの、ところで一階にあるピアノは?」
「あぁあれは俺の母さんがピアノの先生でね。週に二、三回子供にピアノ教室をやっているんだ」
大学の敷地内だから土日や祝日にやっているらしい。
でも、今日は平日。
じゃあ。
「さっき弾いてたのは?」
他人がとても自由に出入りできる感じじゃない。
関係者なら、誰?
「香築さんは運がいいね。ピアノ弾いてるところなんか滅多に見られないよ」
「……どうしてですか?」
「弾いてるところ、見られたくないんだって」
「来てるなら顔ぐらい出していけばいいのに」
「お前が虐めるからだろ?」
「あたしが逆に虐められてると思うわ」
ふたりの会話を聞きながら、思った。
優しい音色。
私、聴いたことがある。
でも、誰が弾いていたかは思い出せない。
「あの、その人のお名前は?」
今日の夢がなんでいつもより綺麗に奏でていた理由が分かった。
あれは私の音じゃない。
「あたしの名前は真崎楓。旧姓は都神。あいつは、都神上総」
風が店内の花弁を揺らす。
さっきの音色が、離れない。
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