エピソード3

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ひと冬を過ごした二羽の蝶、雄蝶にとってそこは暗闇の中だった。 「ああここはどこだろう。僕は一体何なんだろう。耳鳴りは相変わらずのようだが」雄蝶はふと我に帰り周囲を見回したのだが季節はまさに真冬。凍えて死んでしまう虫達の中にあって、この雄蝶はかろうじて冬越えを果たしたのだろうか。「僕は生き延びたのか、それとも死んでしまったのだろうか」心の中で自問する雄蝶。そして厳しい寒さの中孤独に耐えたその雄蝶は半ば無駄だと知りつつも再び心の中に美しい音色をかき鳴らし始めた。それだけでこの雄蝶は世の中を渡って来たのである。多少のほころびはあれど相変わらずの美しき音色であったが、その雄蝶に他意はなかった。遠くで聴いているであろう雌蝶がいようがいまいがお構い無し。しかしいまだ寒さの続く世にありて春の気配を感じつつもある雄蝶であった。 そして雄蝶にとってはあまりありがたくもないパルスが届き始めた。 「あなたのせいよ。私のことはあきらめて」かようなる内容だった。一瞬驚くも簡単にあきらめてしまえるほどに雌蝶に飢えている訳でもなかったその雄蝶は無視を決め込んだ。
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