HR0:旅立ちの章Ⅰ~喪失~

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時が止まったかの様に、レンは硬直した。蒼い双眸がレンを捉えていた。目が合ってしまった。塔の主が放つ凄まじい熱は、もう数メートル近づくと間違いなく火傷を負う程のものだが、対照的にレンの体は完全に凍りついていた。手足は震えるばかりで、呼吸すらままならない。殺される、という絶望が彼女を支配していた。 ルチルはそんなレンの様子を見て、冷静さを取り戻した。自分がレンを守るしかない、という覚悟が出来た。 ≪ルチル≫「…あれを使うしかないかー」 言い終わると同時に素早く腰に装備していたポーチに手を突っ込み、そこから取り出した何かを塔の主に投げつけた。 ≪レン≫「…え」 ルチルが突然放った言葉を理解する間も無く、レンはルチルに階段の段差に引きずりこまれた。次の瞬間、塔の中は真っ白な世界に一瞬だけ変貌した。 徐々に元の景色へ戻っていく中、ルチルが呟く。 ≪ルチル≫「…いろいろ採集しといて良かったですし」 ルチルは塔を登る途中に採集した石ころ・ネンチャク草・光蟲から、閃光玉と呼ばれる道具を作成していた。閃光玉が放つ強烈な光は、塔の主の視覚を眩ませる事に成功していた。在らぬ方向を向き、前足を振り回すが、空を切るばかりだった。 ≪ルチル≫「これで少し時間が稼げると思えますし。レン姉、階段を下りますよー」 ルチルはなるべく普段通りの口調でレンに話しかけ、階段を下りるように促す。レンも漸く体が動かせる様になり、2人は階段を下り始める。 ≪レン≫「ご…ごめん、世話かけちゃって…」 ≪ルチル≫「後で、ご飯、おごって、もらい、ますしー」 後を追うレンからは、ルチルの表情を窺う事は出来ないが、その言葉には嗚咽が混じっていた。ルチルは必死で悲しみや恐怖と戦っていた。レンは恐怖に負け、何も出来なかった自分が情けなくなり、ここで初めて涙が溢れた。 閃光玉が炸裂して30秒程が経過した時、蒼い双眸は20メートル程下を走る、2匹の獲物を捉える事が出来る様になっていた。体躯から放つ熱気を収め、螺旋階段中央の吹き抜けに身を投げた。 階段を駆け下りていたレン、ルチルは辺りが急に暗くなった、と思い先程まで塔の主が暴れていた位置を見上げた。ルチルの目前に、それはもう居た。突如斜め上から飛来した塔の主は、ルチルを巻き込んで塔内壁に衝突し、石畳を破って外に続く穴を空けた。ルチルは塔の外に放り出され、落下していった。
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