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そのとき母は仕事で出払っていて、私一人だけが、自宅でひっそりと息づいていた。といっても別に、引き篭っていたわけでもなんでもなく、やることがなくて船を漕いでいただけなのだけれど。
そのさなかでの侵入者。我が物顔で踏み荒らし、母も滅多に触れない棚を物色するその男は、
――ふっ、と
幼い少女と称するに足る、当時の私を、視界に入れた。
それは、さながら獲物を見つけた鷹のように。そして、蛇に睨まれた蛙のように。もしも当事者以外に誰かが居たならば、そうみえたかもしれない。
逃げればよかったのだと思う。逃げれば、這々の体で逃げれば、あるいは『いま』と呼ばれるものはなかった。
――けれど。
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