girl

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 男は強い痛みを覚悟した。  しかし、目が覚めたときからずっとある鈍い痛みのおかげか。  あるいは、少女が思ったより軽いのか。  想像した痛みはこなかった。  あっ、と少女は何かに気がついたように声を上げ、男に目を合わせると 「ニコニコ、ニー」  少女は歯をだして笑った。  ──突飛ばしてやりたい。  そう思っても、男は身体が動かない状態だ。  少女を睨み付け、怒鳴るぐらいしか出来なかった。  いや、実際に男にできたことは、睨み付けることだけだった。  男が文句を言う前に、少女はまた同じ言葉をいう。 「ニコニコ、ニーっ!」  少女が自分に求めるものがわからない。  ──決してわかりたくはないが。  だが困ったことに、少女はムキになっていた。  5回、6回目になっても諦める様子は微塵もない。  ほっといておけばいつまでも、いつまでも男の上でやっていそうだ。  どうするべきか。 「コトリちゃん、寝ている人の上に乗っちゃあいけないよ」  男に救いの手が差し伸べられた。  低く落ち着いた男の声。  老人の言葉にコトリと呼ばれた少女は、  はぁ~ぃ、と少し不満そうだったが、存外素直に老人に従い、男から離れて座った。  少女が男の上から退き、老人の姿が目にはいる。  薄くなることなく、白く染まった髪。  皺のせいか、目尻が下がりと恵比寿様のようになる笑顔。  七十歳ぐらいだろうか。  しかし、真っ直ぐに伸びた背中やしっかりした足の動きを見ると、六十代といっても問題ないほどだ。  若い老人。  矛盾した言葉がよく似合う老人だった。  老人は寝ている男の横に座り、目が覚めたようだね、と男に声をかけた。 「初めまして、私は村崎史治と言います。君の名前は何て言うのかな?」  初めまして。  つまり、この史治と名乗った老人はこの男を知らないということになる。 「すまない爺さん、わからないんだ」 「わからない?」 「自分の名前、自分が何者なのか一切わからないんだ」  史治は目を丸くした。 「本当かい? 何も覚えていないのかい?」 「……ああ。信じてもらえないと思うが……」  その言葉を皮切りに、男と史治は神妙な顔をして黙ってしまった。 「………………………………」 「………………………………」  短く、それでいて長い沈黙だった。
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