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「悪いが食べさせてくれ」
人にものを頼む態度でないと我ながらにして男は思った。
しかし当のコトリは気にした様子はない。
フー、フー、フー、フーッ……。
やり過ぎなほど息を吹き、ニコニコしてレンゲを男の口に持ってくる。
中身はお粥だ。
「はぁ~ぃビービー。あ~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
あ~ん、が無駄に長い。
だがそれよりも。
「そのビービーって一体何……」
「あ~~~~~~~~~~ん」
…………。
男にとってはかなり癪だがコトリに合わせるしかない。
目の前に突きつけられたレンゲから、ほんのりと梅が香る。
パクリ、とお粥を口にする。
やはり冷めていたがそれでも美味い。
かなり美味しいのだ。
料理にこなれている程度では決して出せない味だ。
しかし、今だけは男はそんな感動も脇に追いやる。
「なぁ、ビービーってのは何なんだ。俺のことか?」
「ビービーは、ビービーだよ。」
コトリはまたレンゲを差し出す。
「はぃ、あ~……」
──聞いても無駄かもしれない。
このコトリという少女も、男と同じく記憶を喪失、そして混乱しているだろう。
──もしそうでなければ。
自分が記憶喪失だという話を文治としていたときに、少しぐらいそのことに動揺しているはずだ。
男は考えるのをやめ、目の前に突きつけられた二口目を頬張った。
その瞬間、目を見張った。
「熱ッ!!!!」
そう、少女は冷ましていなかったのだ。
自分が気がつかなかったことを棚にあげ、男は少女に抗議した。
「何で冷まさない!!」
「じぃじが最初は冷ましなさいって」
そういう少女の顔は相変わらず満面の笑みだ。
最悪だ、と男は思った。
*
悪戦苦闘しながら男は食事を終えた。
器を片付けにコトリは部屋を出たが、一分もしないうちに戻ってきた。
一刻も早くこの少女から離れたい。
男はそう思うのに、なぜだろう。
不幸なことにコトリは男が寝る布団の横に座る。
そして、じっと男を見る。
「ねぇ、ビービー」
…………。
「……なんだ」
「なんでもな~ぃ」
ニコニコ。
イライラ。
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