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史治曰く、昔一緒に暮らした子が置いてった服、らしいが謎である。
気にしても仕方ないので男は家を出た。
外は緑溢れる風景であった。男は久しぶりに浴びる気がする太陽の光に、眩しさを感じた。
「びーびー、おそい~」
コトリだけが男を待っていた。
抗議している割に、その表情は相変わらずの笑顔である。
「爺さんは?」
「あっち」
男はコトリが指示す方向を見ると古いが大きなガレージから車が出てきた。
色はカーキのセダンタイプで見るからに年代の古さを感じさせる。
男とコトリの目前で車が止まる。
「さぁ乗って」
車の窓を開けて史治は二人を促した。
「はぁ~ぃ」
男が助手席のドアを開けるために近づくと、コトリに割り込まれた。
「ここにす~~わる」
……後ろから身を乗り出してくる危険がないだけいいか。
男は後部座席のドアを開け、腰を落ちつける。
コトリはよく分からない鼻唄を歌い、行儀良く座っている。
両手を足の上に置いたまま動かさないコトリのために、史治は手と体を伸ばしシートベルトを着けてやっていた。
「しゅっぱぁーーつ!」
車内に大きな声が響き、車が発進した。
古い見た目の割にきびきびと走るいい車である。
「ね~、じーじ、何食べいくの?」
コトリは足をパタパタと動かしながら口を開く。
先ほど朝食を済ませたはずなのに、よくもそんな気分になれるものだ、と男は思った。
紳士の鏡といえる史治に、気にとめる様子はない。
「一体何かな? 当ててごらん」
「うーん、とね。うーん、とね」
「それじゃあ、和食と洋食どっちだと思うかな?」
「うーん、とね。うー……」
後部座席という状況では、コトリと史治のやりとりが男の視界に入ってしまう。
男は自分の気分が害される前に窓の外を見た。
自然に囲まれる田舎だ。まばらに家が建ち、暖かさと寂しさが混在する不思議な景色だ。
首と視線だけで男が後ろを振り返って見ると、ポツン、と史治の家が、鬱蒼と茂った山を背中に建っている。
正確には、山の麓に史治の家が建っているのだが、逆の様に感じてしまう光景だった。
その光景を見た瞬間、男は妙な違和感と包帯の下に痛みを感じた。
しかし男は、遠く、小さくなった家を見えなくなるまで見つめ続けた……。
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