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熱で溶けつつある案内板からすれば301号室の方からだった。
男は矢のような速さで走り、燃え盛り崩れかけたドアを蹴破った。
部屋の中には人が二人いた。
一人は床に転がり、肋骨を観音開きさせて血の華を咲かせている。
もう一人はベッドに横たわり、頬や二の腕といった柔らかい肉が削ぎ落とされていた。
その顔は血にまみれてはいたが恐怖の形でかたまっているのがわかる。
そして、その死体の上で馬乗りになっている茶色い巨体があった。
その巨体の肌は蛙や爬虫類と同じようなイボがいくつもあり、火に照らされて滑り気のある皮膚が妖しい光を放っていた。
どう見ても人間ではない。
だが、そのシルエットは人間のように見える。
ベチャッ、ベチャッと、赤黒い棒が、脈を打ちながら抉られた首をつついている。
赤黒い棒は茶色い巨体の口から伸びている。
化け物は人間の血を啜っているのだ。
「お前、俺を知っているか」
男の声に化け物は、ビクッ、と身体を震わせると顔を男の方に向けた。
男の姿をみると、血に濡れた顔はニタリと頬らしい部分をつり上げた。
「まだ生きてるのがいるじゃない」
その姿からは想像もできない女の声だった。
だが、男はそのことに動揺した様子はない。
「もう一度聞く。俺を知っているか」
男はコートを脱ぎ捨て、自分の身体に巻き付いている包帯を取り始めた。
化け物の女は不快そうに身体を捩ると
うるさぃ、と呟いた。
「うるさぃのよ。私を、私を誰だと思ってるのよぉおぉおおぉおぉッ!!」
女の凄まじい咆哮に、空気が、炎が、震える。
ビリビリと痺れるようなプレッシャーの中でも男の眼差しは真っ直ぐ前だけを見ていた。
「会話も成り立たないか……。だったらお前に用はないッ!」
熱く男も叫ぶと乱暴に身体を巻いている包帯をむしり引きちぎった。
その瞬間、男は人ではなくなった。
男の身体は黒い羽根に覆われており、鋭くも精悍だったその顔は狂気と怒りに満ちた怪鳥の顔になっていた…………。
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