第1話 遭遇-エンカウント-

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「はぁ……」    呼吸が落ち着いて、土を払った鞄を自分の膝にのせて手を背中の下に着いて空を見上げた。しばらく動かずにそのままでいたが、そこにポケットの中でスマートホンが振動するのを感じて通話状態にして耳に当てた。 「あぁ、広海さん……うん、終わった。俺は無事だけど……正直落第かな……いや、大丈夫……すぐ戻るよ」  電話を切って少年は膝に乗せた鞄を手に取った。そして、小さなスペースに書かれていた名前を読み取った。 「磯貝……七海……」  思わず持ってきてしまった鞄――捨てる気は無いのだがどうすれば不自然さもなく渡せるかを考えていた。あの場所の付近の交番にでも届けようかと思ったが今からあの場所の近くで交番を探して回る気にはなれなかった。 「明日にでも届けようか……」  逆にあんな騒ぎがあった後だ。逃げるのを優先して、後で届ける事にしたと言っても不自然さは無いだろうと思って少年は鞄を担いで立ち上がり手でズボンに着いた土を払うと帰路に着くために歩き出した。 「うっ……」  立ち上がった途端、立ち眩みと疲労感や『酔い』ともいえるような感覚に襲われた。だが、冷たい風にさらされ続けて入ればそれも冷めてくるだろうと思い少年は歩き始めた。  都市公園を出て帰路を歩き続ける――ナニカを考えながら。  鞄の持ち主の少女のことか、今日の戦いの事か、あるいはこれからの戦いの事なのか。少なくとも糸つの言葉で表せそうなものではない。  冷たい風を浴びながら歩き続けて少年は電気の消えている自分の家に着いた。そして、自分の部屋の出入り口へと続く階段を上って、出入り口をくぐり電気もつけずに少年はベッドにまで辿り着き、倒れこんだ。そして、1分と待たずに眠りについた。                  §§§  こうして、始まりの夜は終わった。ただ、告げられた物語の始まりは『異形との戦い』ではない。この物語の真ん中にあるのは世界の運命と比べればあまりにもちっぽけでくだらないのかもしれない。    それはとても小さく狭き旅路。混沌の渦から自らの色彩を取り戻す、汚れなき夜明けを迎える前の名もなき夜に当たる物語。  
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