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「……心当たりがないわけじゃないのか?」
海翔が問うた――その声は穏やかとは良い難いが問い詰めていると言える程キツイものではなかった。男に対して出していた声とは明らかに落差のある声だ。
「あの……」
律儀なのか「貴方には関係のないことでしす」と切り捨てる勇気か度胸がないだけなのか口をモゴモゴと動かし口を開こうとする。が、それを男の怒鳴り声が再び遮る。
「分ったか、小僧!!弁明する余地もないだろう!!その娘はわたしに償うべきなんだ!!大体、貴様はなんなんだ、最近のガキは世間一般の常識というものをわきまえておらんというか一体全体どんな教育を受けて――」
二言目にはクドクドと関係のない言葉が男の口からたれ流され始める。それを流し込まれる海翔は目をゲンナリと濁らせて額に手を当てる。
「貴様は親を呼んで来い!!貴様のようなガキを育てた親のできそこないの顔を――」
「ねえ――」
罵倒の矛先が男の名も顔も知らぬ海翔の両親へと向いた時、海翔は濁った眼に殺意にも似たものを滲ませて男に向け、口を開いていた。
「――黙れよ」
それは男とは真反対の静かで落ち着いた声。だが、男の吐き出す怒号の波を突き抜けて男の耳に届いた。それに乗せられた殺意は鋭く突き刺さるように男を黙らせた。
「そんなに、あの子に償わせたいなら警察にでも行ったらいいんじゃないかなぁ?」
「貴様、ガキの癖にこの私に指図を……」
「償いってなんなのさ?
あの子があんたになにかしたの?
警察に言えないってことは逆恨み?
『殴ったら手の骨が折れたから慰謝料払え』みたいな最高に頭悪ゥい戯言を宣う気じゃないよねぇ?
所詮弱い物いじめを正当化して気持ちよくなっているだけだよね?
しかも?
女の子?
中学生?
それをかっこいいと思ったの?
最高に滑稽なんですけど?
バカじゃないの?」
静かで不気味ともいえる声で海翔は言葉で押し潰してやろうと言わんばかりに捲し立ててゆく。目に怪しい光を宿しながらジリジリとにじり寄ってくる海翔に男は言いしれぬ恐怖のようなものを感じて慄き、後ずさる。だが、このようなガキに押しこまれるのを屈辱と感じたのか
口がピクリと動きを見せた。相手は子供だ。ならば、渾身の恫喝を浴びせれば怯むに決まっていると決め括り口を開く――
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