第3.5話 茶番

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  「ほら、ゆっくりしていってね」  海花と七海は店の席を一つ借りて向かい合って交代で風呂に入った海翔を待っていた。余談だが海花は新品の下着類を七海に買ってやった。  買いに行った時、海花は鼻に丸めたティッシュが詰めて血を止めるというアレな姿だった。七海は申し訳なさそうに俯き、海花は興味深そうに見つめ続けている。 「も、申し訳……ありません」 「気にしないで、風呂に入れたのはあのバカだし」 「あ、あの海翔くんは悪くなくて――」  強調して口に出された『バカ』という単語に反応して七海は顔をあげて海翔を庇うようにしゃべりだしていた。 が、それを手で制した 「大丈夫、大丈夫。あの子の事はちゃんと信じてるから。でも無理矢理じゃないとはいえ女の子を裸にするなんてやっぱり『バカ』だとは思うのよ」  七海に聞こえない様に「まぁ、おかげで良いものを見せてもらったんだけど」と付け加える。 「海翔とは会ったのは今日が初めてなの?」 「い、いえ……前にも会いました。危ない所を助けてもらって――」  口にしてから七海はしまったと思った。『危ない所』を具体的にどう説明すればいいか分らない。彼がウエイブに変身しているな  ど、勝手に口にしていいものではないと思えかといって今日の誘拐を正直に話していいものかどうか―― 「そうか……あの子とは『友達』ってことでいいの?」 『危ない所』については深く追求して来なかったが『友達』という単語に胸の奥がドキリとするのを感じた。 「え、いや、そんな……本人に聞かずに勝手に『友達』だなんて――」  慌てながら身振り手振りも交えて中途半端に否定をしにかかるのだが、その様子を見た海花は突如として可笑しそうに微笑んだ。 「あの、変なこと……言いましたか?」 「ううん。ごめんね、さっき風呂に入る前に海翔が似たことを言ってたのよ『勝手に友達を名乗られたら本人に迷惑だろう』って。うん、名前をまだ聞いてなかったね?わたしは大洋海翔の姉で、海花っていうの」 「い、磯貝七海です……」 「よろしくね、七海ちゃん」    自己紹介をしてしまった瞬間に七海は後悔する。それは海花への嫌悪感を感じたとかそういうわけではない。人懐っこそうであどけない笑顔はそうそう悪い印象を与えはしないだろう。だからこそ、自分なんかへ親しく、優しく接してくれることに七海は罪悪感を覚えずにはいられない。
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