第3.5話 茶番

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「よろしく……お願いします……」  そして、好意に対してそれを無碍に突っぱねる……その勇気を持つことが出来なかった。 「それでねー。いま、家の店でアルバイト雇うかなーって話が合って、別に私は学校行ってるし暇なときに手伝ったりするぐらいだから口出しする権利はないんだけど、でも、どうせなら可愛くて真面目な女の子がいいなーって思ってるのよー、きみ、けっこうわたしのタイプだから、お試しでもいいから少し働いて――」 「え、え……!」  自己紹介が終わった途端に海花の箍が外れたように舌の回転スピードが上がった。始まったのは下手なナンパ師のような下心が透けて、ダダ漏れなアルバイトへの勧誘。 「わたし……まだ、中学生で――」 「うぅ……じゃあ、空いてるかは分らないけど、高校に入ってアルバイトしたいなーって思って、気が向いたら……」  勢いの割には、その一言で止まりシュンとして席に戻って。バイト募集用のチラシをスッと差し出して七海はそれを受け取った 「なんか、いま奇声が聞こえた気がするんだけど……?」  声が聞こえてきて、顔を向けると海翔が首にタオルを掛けてこちらにむかって来ていた。 「ごめん、姉さん。席外して」 「ええぇ……分かったわよぉ……おじさーん、紅茶ちょうだーい」  海花は嫌な顔をしながら椅子から立ち上がったものの、海翔に意味深な微笑みを送って席から離れ厨房に向かって歩いていった。そして、代わりに海翔が七海の前に着席する。 「……」 「……」  海花とは対照的に場が静かになる。空気が重いとはこのことだが、海花には申し訳なく思いながらも七海はどこか落ち着くのが感じた。 「あの……今日は本当にごめんなさい!」 「え――」  少し沈黙を置いてから海翔が一番最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。立ち上がって頭を大きく下げる海翔に七海は驚いて思わず周りの目を気にしてから海翔に対して顔を上げるように懇願した。それでも海翔は数秒間、その体勢を続けてから再び着席する。
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