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「遅れてごめんな、優斗」
桜の木の前、息を切らせた昶が顔の前で手を合わせる。
本当に急いできてくれたのか、いつも丁寧にセットされているはずの昶の黒髪はぐしゃぐしゃだった。
「初デートで遅刻すんなよなー。ま、今回は大目に見てやるよ」
軽く制裁をして、笑いながら昶の髪を指先で摘まむ。
艶のある柔らかい髪。
「髪ぐっしゃぐしゃじゃん」
からかうように言って笑うと、昶は途端に慌てて髪を直しだした。
「はっ、走ってきたんだから仕方ねえだろ!!」
いつも落ち着いている昶の珍しく取り乱す姿にさらに口許が緩んでしまう。
こんな昶が見れるのは俺だけなんだろうなと思うと、ちょっと優越感。
「とにかく行くぞ!!映画見に行くんだろ?」
一通り髪を直した昶にふいに手を掴まれる。
高鳴る胸を隠すために思わず頷いた。
「おう、早くいこうぜ!!」
「あぁ、そうだな」
俺が精一杯の笑顔を向ければ、昶も口許を緩ませ笑ってくれた。
目を開けば自室の天井が視界に広がった。
ああ…また昔の夢か。
何度見たかわからない夢に思わずため息を吐いた。
体を起こしふと時計を見ると時刻は午前4時。
ダブルベットには自分一人。
いつものように隣に昶はいない。
同棲しはじめた当初はいつも一緒に寝ていたはずなのに…。
何度目かわからない独りの起床に言い寄れぬ孤独を感じる。
目に涙が滲むのをこらえながら、再び布団に潜り込んだ。
大丈夫、次起きたときにはリビングに行けば昶がいる。
そう信じて目を閉じた。
それから2時間後、すっかり寝付いた俺を他所にゆっくりと扉が開いた―――
→あとがき
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