―4―

5/5
前へ
/107ページ
次へ
 引きつった様に、アイツの頬がピクリと動く。  私は何も言わない。  ただずっと、アイツを見ていた。  動く電車の中でここだけ時が止まっている気がした。それ位、私とアイツは長いこと静寂を分け合っていた。  ふいにアイツの手が引っ込まれる。  そしてそのまま狸寝入りを続行すると決めた様で、何事も無かったと言わんばかりにそれを実行してみせた。  私はしばらく逡巡する。  この状況にどうケリをつければ良いのかがわからなかったから。  自分が降りる駅で一緒に下ろし、駅員に通報するか。  今ここで自分が110番通報するか。  それとも無視して学校へ行くか。  長閑な田園風景の中を、電車は走っていく。  乗客に何かがあっても、知らせなければ電車は走り続ける。  誰かが倒れていても、知らせなければ分からない事、それと同じ。  でも知らせた所で、何も変わらない時だってあるのだ。  私はそれをよく知っているつもり。  自分で自分に、そう知らせたから。  窓に当たって線を描く雨粒を見ている内に、私の心は決まった。  今日は、このまま学校に行こう。  駅で降りたら急いでバスに乗ろう。  そして学校で、授業を受けよう。  何も変わらないなら、敢えて自ら乱す必要はないのだから。
/107ページ

最初のコメントを投稿しよう!

339人が本棚に入れています
本棚に追加