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「警察も呼んで貰って、今まだ××駅にいるんだ。学校には遅刻の電話したよ」
『そ、そう』
母親はまだ、驚きから抜けきっていない様子である。
「お母さん、仕事の時間だよね。後は帰ってから話すわ」
『そうだね……あんた気を付けなよ、じゃあね』
互いに軽い挨拶をして電話を切る。
もう心配の種は警察署に連れて行かれたというのに、今更何を「気を付け」るのだろうか。
どうも母親と自分とでは、一歩ずれている気がしてならない。
「――橘さん、電話出来た?」
にこやかに婦人警官が振り返る。
「はい、学校と母に……」
「そう、良かった。――でね、ちょっと写真を撮らなくちゃいけないのね」
婦人警官がそう言い、私が「写真ですか?」と聞き返そうとした時、駅員室の扉が軋みながら開いた。
「あ、丁度良かった!」
扉の方に目をやった婦人警官が、嬉々とした声をあげる。
つられてそちらを見た私の目が捉えたのは、一人の男性の姿だった。
お世辞にも綺麗とはいえない、よれた黒いビニールジャケット。
小さな背丈に、少々丸っこい体型。
なで肩に掛けられた、やけに立派なカメラ。
某刑事ドラマの鑑識役を思い出しながら私は、一口に「警察」と言っても色々な人がいるんだななどと妙に納得していた。
片田舎の痴漢一人の為に、こんなにも沢山の警官が動員される。
やはり痴漢は、重大な犯罪だ。
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