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「すごいなぁ……あいつ」
天井のシャンデリアを見上げた。
「行って来る。またね」
そう言って出国ゲートに向かった、ギター・ケースを背負った小さな背中。
以来、私は1度も奏に会っていない。
べつに喧嘩なんてしてないさ。
私と奏の方向性の相違だとか、仲たがいが解散の原因だと書いた記事も有ったようだけど、根も葉も火も煙も無い。
最初の頃は、よく電話やメールが有った。
1人で渡米して、たいした仕事ももらえず、愚痴やら何やら溢(コボ)していたものだ。
いつしか連絡は来なくなった。
特に私が砕け散った後、あいつは1度も連絡をよこしていない。
順調にオファーが入り始め、世界の舞台で階段を昇る奏。
正反対の立場。
奈落に落ちた私に、陽を浴びる自分が掛けられる言葉も無く。
私から連絡すれば良かったのかもしれないが、お互い言葉に詰まりそうで、気を使った会話、気まずい沈黙。
そんな気がして……
ここ2、3年の間で何度か、私は手に取った電話を置いたものだ。
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